
テオレマ / 岩村学
商品番号:RMCA-1004
全16曲
16pブックレット封入 特殊紙ケース
¥2,835(tax in)
あの天才作曲家がミラノから帰ってきた。
「私の考えるジャズ」から2年、ついにリリースされる待望のニューアルバムはドイツ映画音楽界の巨匠ペーター・トーマス、伊武雅刀がゲスト参加。
01. IL CASANOVA 第1章
02. IL CASANOVA 第2章
03. 夢の宇宙旅行(ナレーション:伊武雅刀)
04. テオレマ
05. 2085年(ナレーション:伊武雅刀)
06. 1920年
07. ギニョール
08. Quintetto
09. 弥勒
10. Night in Bangkok
11. Stanza 29
12. 墨の華
13. 南南西
14. ローレライ
15. 雨上がりの朝
16. In Due
エキゾティシスムという主題を自らに課した音楽家として、岩村学はまさしくユセフ・ラティーフ(Yusef Lateef)の正統な後継者である。
60年代に数多の傑作を吹込んだマルチリード奏者ラティーフは、多くの優れた芸術家と同様に、エキゾティシスムというものが、見知らぬ土地に対する地理的な好奇心だけではなく、より時間的な移動に対する誘惑であることを熟知していた。
かつて過ごした時間や土地への想い。人呼んでノスタルジアを永遠のモティーフに捉える芸術家も多い。
いっぽうエキゾティシスムとはより知的な野心に溢れた衝動である。
二年前、イタリアはミラノから「私の考えるジャズ」という作品を引っ下げ、岩村学は音楽界にデビューした。高慢、とさえ捉えられかねない大胆なタイトル。だがそのコンポジシオンは題名よりもはるかに大胆なスタイルを持っていた。音色に対する執拗なこだわり。ジャズに対する概念。サンプリングやカットアップ、コラージュという今ではすっかり手垢にまみれた方法。そのいずれにも、岩村学は凡百のエレクトロニカDJたちとはまったく異なる文脈でアプローチして見せた。
だが何のことはない。岩村学は彼の持つ強大なテーマであるエキゾティシスムのためにそうした道具を使用しただけなのである。
とは言え慎重な人々は、あのあまりにも鮮やかなデビュー作をまぐれ当たり、あるいは幸運、とか言うものかも知れない、と手放しの賛辞を控えていた。
はたして新作は岩村学が真に芸術的な野心と才能を持っていることを再び証明して見せた。そして彼の主題が引き続きエキゾティシスムであることも。
魅力的な声のナレイションに導かれて始まる「夢の宇宙旅行」というトラックの印象的なリフレインは、レス・バクスターそしてマーティン・デニーの懐かしい『クワイエット・ヴィレッジ』のベースラインに呼応しているのを、私は三度聴いてようやく気付いた。
しかし岩村学は21世紀のマーティン・デニーではない。残念ながら。ときおり耳にする坂本龍一あるいはルーク・ヴァイヴァートといったアーティストとの比較も正直なところ的外れである。
ベラ・バルトーク。デューク・エリントン。ユセフ・ラティーフ。このように連なる音楽家の系譜の先に、岩村学は立っている。ピエル・パオロ・パゾリーニの映画と同じ題名を掲げてはいるけれども、その音楽の持つ独得のユーモアのせいか、私はむしろ岩村学の音楽からはフェデリコ・フェリーニのフィルモグラフィを連想する。そう、イワムラの新作は、『甘い生活』を撮った作家が『8 1/2』を作ったように素晴しい。
Joachim Müller(2000年5月15日)
商品番号:RMCA-1004
全16曲
16pブックレット封入 特殊紙ケース
¥2,835(tax in)
あの天才作曲家がミラノから帰ってきた。
「私の考えるジャズ」から2年、ついにリリースされる待望のニューアルバムはドイツ映画音楽界の巨匠ペーター・トーマス、伊武雅刀がゲスト参加。
01. IL CASANOVA 第1章
02. IL CASANOVA 第2章
03. 夢の宇宙旅行(ナレーション:伊武雅刀)
04. テオレマ
05. 2085年(ナレーション:伊武雅刀)
06. 1920年
07. ギニョール
08. Quintetto
09. 弥勒
10. Night in Bangkok
11. Stanza 29
12. 墨の華
13. 南南西
14. ローレライ
15. 雨上がりの朝
16. In Due
エキゾティシスムという主題を自らに課した音楽家として、岩村学はまさしくユセフ・ラティーフ(Yusef Lateef)の正統な後継者である。
60年代に数多の傑作を吹込んだマルチリード奏者ラティーフは、多くの優れた芸術家と同様に、エキゾティシスムというものが、見知らぬ土地に対する地理的な好奇心だけではなく、より時間的な移動に対する誘惑であることを熟知していた。
かつて過ごした時間や土地への想い。人呼んでノスタルジアを永遠のモティーフに捉える芸術家も多い。
いっぽうエキゾティシスムとはより知的な野心に溢れた衝動である。
二年前、イタリアはミラノから「私の考えるジャズ」という作品を引っ下げ、岩村学は音楽界にデビューした。高慢、とさえ捉えられかねない大胆なタイトル。だがそのコンポジシオンは題名よりもはるかに大胆なスタイルを持っていた。音色に対する執拗なこだわり。ジャズに対する概念。サンプリングやカットアップ、コラージュという今ではすっかり手垢にまみれた方法。そのいずれにも、岩村学は凡百のエレクトロニカDJたちとはまったく異なる文脈でアプローチして見せた。
だが何のことはない。岩村学は彼の持つ強大なテーマであるエキゾティシスムのためにそうした道具を使用しただけなのである。
とは言え慎重な人々は、あのあまりにも鮮やかなデビュー作をまぐれ当たり、あるいは幸運、とか言うものかも知れない、と手放しの賛辞を控えていた。
はたして新作は岩村学が真に芸術的な野心と才能を持っていることを再び証明して見せた。そして彼の主題が引き続きエキゾティシスムであることも。
魅力的な声のナレイションに導かれて始まる「夢の宇宙旅行」というトラックの印象的なリフレインは、レス・バクスターそしてマーティン・デニーの懐かしい『クワイエット・ヴィレッジ』のベースラインに呼応しているのを、私は三度聴いてようやく気付いた。
しかし岩村学は21世紀のマーティン・デニーではない。残念ながら。ときおり耳にする坂本龍一あるいはルーク・ヴァイヴァートといったアーティストとの比較も正直なところ的外れである。
ベラ・バルトーク。デューク・エリントン。ユセフ・ラティーフ。このように連なる音楽家の系譜の先に、岩村学は立っている。ピエル・パオロ・パゾリーニの映画と同じ題名を掲げてはいるけれども、その音楽の持つ独得のユーモアのせいか、私はむしろ岩村学の音楽からはフェデリコ・フェリーニのフィルモグラフィを連想する。そう、イワムラの新作は、『甘い生活』を撮った作家が『8 1/2』を作ったように素晴しい。
Joachim Müller(2000年5月15日)
